記事: 卒業生の実体験:高齢妊娠を怖がらないために《後編》
卒業生の実体験:高齢妊娠を怖がらないために《後編》
ー妊娠初期の揺れる心と、ヨガがくれた静けさー
前編はこちら:高齢妊娠を怖がらないために《前編》
つわりが私に与えてくれたこと
生理の遅れが気になりながら、「なんだか今回の生理前はイライラしちゃうな…」と、少し自己嫌悪に陥っていた頃。ちょうどその週末には、楽しみにしていた旅行の予定があり「楽しくお酒を飲みたいし、念の為…」と妊娠検査薬を手に取りました。
そこに浮かび上がったのは、陽性のライン。
それを見た瞬間、私の人生はまた大きく動き始めました。
問答無用で嬉しくて、幸せで。けれど、幸せを噛み締めたのも束の間、未知の体験が私を襲いました。
朝目覚めると「なんか気持ち悪い…」という不快感から始まり、日に日に高くなっていく猛烈な吐き気のピーク。この体感は、もはや恐怖を感じるほどでした。
食べられない、飲めない。時には点滴を打つこともありました。
アーユルヴェーダには「パンチャカルマ」という究極の浄化法がありますが、まさに「セルフパンチャカルマ始まっちゃった!?」と思うような、想像を絶する身体の反応。
身体の中で、私ではない命が育まれ出してる。
豆粒ほどの大きさしかないのに、この命の存在感たるや…。
RPYT85で知識を学び、経験談をシェアしてもらっていた私でさえ「こんなの聞いてない!」と、心の中で何度も泣き叫びました。(笑)
妊娠6週から本格的に始まったつわりが終わる兆しを見せたのは、妊娠13週頃。
約2ヶ月間の終わりの見えないつわり期間は、毎日がしんどくて、イメージしていた「キラキラした幸せな妊婦生活」とは程遠い世界線でした。
もう戻ることはできない。進むしかない。受け止めるしかない。
自分の身を削りながら、お腹の中で育っていく命を見守るために、ただただ耐え忍ぶ日々。
ある日、ふと感じたのです。
「これは、産まれてくる子どもを育てていく上で、必要になる力を蓄えている期間なんだ」と。
神様が与えてくれた、試練のように見えるギフト。
思い通りにいかない身体、コントロールできない感情、耐える力。これらは全て、これから始まる「母としての人生」の糧になるのだと。
マタニティヨガを実践したいと思っても、アーサナなんてとても無理。
横になって息をすること、ただ生きているだけで精一杯。
けれど、そんな極限の状態でも唯一できたヨガがありました。
それは、呼吸を赤ちゃんに届けること。
「今は一緒に耐えようね」
「私の身体、全てを貸すから元気に育ってね」
止まらぬ吐き気や、酷い倦怠感で浅くなりがちな呼吸を、意識してそっとお腹の命へと繋げる。
動けない身体でも、それだけが私にできる、最も尊いヨガの実践でした。
今までの自分に執着しない
つわりの嵐が吹き荒れる中、私を最も苦しめたのは、身体の辛さ以上に「仕事ができない」という事実でした。
私は本業がありつつ、ヨガやアーユルヴェーダのお仕事もさせてもらっていました。
つわりがあまりにも酷く、本業は休職することになり、大切にしてきたヨガクラスや予定していたワークショップ全てにストップがかかりました。
毎日毎日、いつも通ってくださる生徒さんの顔が浮かびます。
「また笑顔で会いたい」「ガッカリさせたくない」「責任を果たしたい」
そんな想いとは裏腹に、身体を襲うのは猛烈なつわりと無気力感。
ワークショップの資料を作りたいのに、作る気力すら湧いてこない…。
「このくらいの吐き気なら頑張れるはず」と無理をして奮い立たせても、その後に待っているのは、反動で動けなくなる自分。
仕事に穴を開けること、生徒さんの予定をキャンセルさせてしまうことに対して「ごめんなさい」と謝ることしかできない情けなさ。
やりたいのに、できない。頑張りたいのに、頑張れない。
責任感に縛られ、私のメンタルはボロボロに削れていきました。
そんな私の横で、夫の生活は(当たり前ですが)これまで通りに続いています。
彼は私のために、身の回りの世話を焼き、食べられるものを食べられるように用意してくれたり、背中をさすってくれたり、自分の時間を削ってできる限りのことをしてくれました。
本当に感謝しています。
けれど、私の世話をしながらも、彼は普通に仕事に行き、楽しい予定を入れることもできる。
そんな「どうしようもない不公平」に、やり場のない怒りを感じては泣き、そんな風に思ってしまう自分をまた嫌いになる。
妊娠してからの変化は、失うものばかり、辛いことばかりのように感じてしまいました。
腐りかけてしまいそうになっていた時、気付きました。
「今までの自分に、執着してる」
普通に仕事をこなし、やりたいことも実現できて、誰かのために動けていた、かつての私。
その姿を追い求めることが、今の自分を一番苦しめていると気付いたのです。
「今の私は、何もできなくていい」
「今はただ、命を育むという私にしか出来ない最大の仕事に専念する時期なんだ」
「お腹の中の小さな命は、私にしか守れない」
そう決めて、握りしめていた「理想の自分」の手を離した時、ようやく少し気持ちが楽になりました。変化を受け入れることは、過去の自分を捨てることではなく、新しい自分を受け入れるためのスペースを作ること。
この時期の私にとってマタニティヨガの練習は、この「変化し続ける自分」をジャッジせずに受け止める、心の修練だったのです。
足るを知る「サントーシャ」
様々な心の葛藤や、今に対する不満を抱えていた自分の腕が溢れそうになった時、もう一つ気づいたことがありました。
「今に感謝していない」
できないことに目を向けて、失ったものをまた掻き集めたいと嘆いて、誰かと私を比べるのではなく、今、この瞬間、私に「在るもの」に目を向けよう。
つわりでボロボロになり、何も生み出せていないと思っていた私。けれど、ふと周りを見渡せば、そこには変わっていく私を丸ごと受け入れ、励ましてくれる人たちがいました。
「今はお腹の赤ちゃんとの時間を大切にしてね」
「お腹の赤ちゃんを守れるのはあなただけだよ」
仕事に穴を開けても、そう声を掛けてくれる仲間たち。
そして、私の隣にいる夫。
身体が劇的に変化していく女性の苦しみを、男性である彼が本当の意味で理解することは、きっと不可能です。けれど、彼は理解できないなりに、必死に理解しようと寄り添い続けてくれました。
「不公平だ」と感情をぶつけてしまった私でも、変わらずに支えてくれた。
そのまっすぐな優しさは在って当然じゃない。
そして何より、そんな嵐のような日々でも、私のお腹の中では、奇跡のような命が着実に育っている。35歳という年齢で、私の元に来てくれたこの命。
「あぁ、私はもうすでに、もってたんだ」
それだけでもう何もいらないほど、私は満たされていたのです。
たとえ、安定期に入っても、臨月になっても、必ずしもお腹の中の命が無事、産まれてくるという保証はどこにもない。だからこそ、今ある命に感謝して、今日を大切に過ごしたい。
サントーシャは、無理にポジティブになることではありません。
「今の状態でも、私は大丈夫」と自分にOKを出してあげること。
今の現実をそのまま受け止め、与えられている恩恵に気付くこと。
そうして感謝の気持ちで心を満たした今、ようやく「いつ来てもいいよ」と願ったあの頃の自分と、今の自分が一本の線で繋がりました。
妊娠という体験は、これまでの自分を振り返り、新しい自分へと作り替えていくプロセスなのかもしれません。
それは、一生かけて自分自身の人生を構築していくための、大切な、大切な修行期間なのだと感じています。
学びの力 〜ヨガとアーユルヴェーダの知恵があるから、高齢妊娠も怖くない〜
35歳での妊娠。そして36歳での出産。世間では「高齢妊娠」「高齢出産」と呼ばれ、リスクや不安を煽るような情報も目に飛び込んできます。
けれど、私はリスクを正しく知った上で、必要以上に怖がることなく、この妊娠生活を送ることができています。
それは、これまでRPYT85やアーユルヴェーダを通して「本当の意味での健康」を学び、自分の身体で実践してきた自負があるからです。
数値や年齢といった外側の基準ではなく、自分の身体が今どういう状態にあるか。
どんな食べ物を摂り、どんな環境に身を置き、どんな呼吸をし、どう心を整えれば自分のバランス(ドーシャ)が調うのか。
それを知っていることは、未知の体験が続く妊娠期において、揺るぎない「安心の土台」となりました。
「高齢だから大変」「高齢だからリスクだらけ」と決めつけるのではなく、「今の私の身体は、命を育む力を持っている」「そして、この命を産み落とす力を持っている」と、自分の内側にある生命力をまっすぐに信頼できること。
これまでの学びと実践の全てが繋がり、こうして人生の大きな変化に直面した時、自分自身を救い、赤ちゃんと共に穏やかに過ごすための「お守り」になるのだと、実感しています。
妊娠してもしなくても「私という人生」に変わりはない
RYT200、RPYT85、アーユルヴェーダを学び、身体の仕組みを理解したつもりだった私でも、初めて経験する「未知の自分」には戸惑うことばかりの妊娠初期でした。
そんな激動の日々を過ごしながら、今、改めて確信していることがあります。
それは、「今、目の前で起きている問題や苦しみは、全て自分の心が作り出している」ということです。
仕事に行けない罪悪感も、誰かとの間に感じる不公平さも、誰かに押し付けられたものではなく、自分自身の心が作り上げたフィルターに過ぎませんでした。
そのフィルターを外せるのは、世間の情報でも、誰かのアドバイスでもありません。
自分の本当の気持ち、心の声、身体の声。それは自分自身にしかわからないのです。
ヨガやアーユルヴェーダを通して「健康の本質」を学んできたのは、単に健康に生きるためではなく、自分の人生を謳歌するため。そして、自分の使命を全うするため。
妊娠は、ゴールではありません。
新しい命を授かり、育むということは、その先に続いていく私の人生、家族の人生、そして関わってくれる人たちの繋がりの先に、更に豊かな土壌が作られていくということ。
その土壌があって初めて、新しい命は健やかに宿り、育っていくのだと思います。
今、社会の中で子どもに関する胸の痛むニュースを耳にすることも少なくありません。
けれど、もし一人ひとりがヨガやアーユルヴェーダをもっと身近に感じ、学ぶことが出来たら。
自分の心と身体を慈しむ術を知っていたら。
自分を愛するように、隣にいる人と手を繋いで生きられる世界になったら。
そうした小さな意識の変化の積み重ねが、やがて社会の土壌を少しずつ変えていくのではないかと、私は感じています。
私たちが学んでいることは、ただのセルフケアではなく、世界を温かく、優しくなっていくための、とても大切な知識と実践だと信じています。
36歳の私が今、この瞬間に感じていること。
それは、お腹に命を宿したことで、「自分を整えて生きること」が、自分だけのためではなくなったということ。
そして、今の私の身体は、命を育む力を持っていて、この命を産み落とす力を持っているという、揺るぎない自分への信頼です。
私がどんな呼吸をして、どんな言葉を使って、どんな心で日々を過ごすのか。
その全てが、これから生まれてくる小さな命の世界を形創っていく。
そう思うと、日常の一つひとつが、とても愛おしく、尊いものに感じられるようになりました。
これからもヨガの教えを心に、「いつ来てもいいよ」と笑えるくらいの心の余白を持って、私らしい人生を、一歩ずつ歩んでいこうと思います。
もし今、変化の波の中で自分を見失いそうな方がいたら、どうか外側の声ではなく、自分の内側の声に耳を澄ませてみてください。
あなたの答えはいつだって、あなたの中にあるはずです。
執筆:YUKI YOGAFORLIFE SCHOOL卒業生 @yuki__calmlight
編集: YOGAFORLIFE編集部
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